遺言書での遺言執行者指定の必要性
遺言書に遺言執行者の指定を記載しない場合、遺言者の希望するように相続が進まないことがありますので、遺言執行者の記載について留意する必要があります。
遺言執行者は遺言に記載した内容を実現するために、様々な相続の手続きを行う人です。民法では「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定められています(民法1012条)。具体的には、預貯金の払い戻しや不動産の名義変更等を行います。
遺言執行者の指定は、遺言書に記載しなくてはならないものではなく、遺言執行者を指定するかどうかは原則として自由です。しかし、その記載がない場合、遺言者の希望したようには実際の相続が進まない場合があります。それについて具体的事例を考えたいと思います。
例えば、遺言者のAさん、その子が二人いて、それぞれBさんとCさんがいます。そして、相続人はBさんとCさんだけという場合を考えます。AさんはBさんと同居していて、遠方で別居のCさんよりもBさんから助けてもらうことが多かったため、Bさんに多く遺産を相続してもらいたいと考えました。
簡単に考えるため、Aさんの遺産は預金が1千万円のみとします。Aさんは、Bさんに750万円、Cさんに250万円を相続してもらうよう、遺言書に記載しました。
相続財産の分割割合に法定相続分というものがあり、遺産分割でもめたときなどに参考とすべき分割の基準がありますが、遺産は遺言者のものなので、基本的に遺産をだれに相続してもらうかは遺言者が自由に決めることができます。遺言書に記載することで、遺言者の意図を明確にして、遺言者の希望したように相続が行われるようにすることができるのです。ただし、遺言書を作成したとしても、法が定める相続人や遺言書で遺産の相続が指定されている人全員の同意があれば、遺言書とは異なる方法で遺産の分割を行うことができます。
ここで、遺言書で預金の4分の3をBさん、4分の1をCさんと記載することで、Aさんの遺産分割の希望を示すことができます。そして、実際の相続ではAさん名義の預金を払い戻して、BさんとCさんそれぞれに分配する必要があります。このとき実務としては、遺言書に遺言執行者の記載がない場合、遺言書とBさんとCさんの二人の印鑑証明書等の銀行への提示が基本的に必要となります。
このとき、Cさんが遺産の分割で不満がある場合、預金の払い戻し手続きになかなか応じてくれない場合があるかもしれません。Cさんとしては、できるだけの抵抗をすることで、手続きを煩わせて、Bさんに遺産分割の方法の再考を促し、少しでもCさんの取り分を多くできるようにするということを考えてしまうかもしれません。そして、この場合に、Aさんにとってとてもつらい、BさんとCさんの仲が悪くなるという結果にもなりかねません。
Cさんが名義変更に応じない場合は、基本的に家庭裁判所に遺言執行者選任の申立手続を行うこととなります。しかし、その手続きは一般的に煩雑なもので一定の時間がかかります。またCさんの非協力的な対応により、さらに煩雑化することも考えられます。
ここで、遺言執行者を指定しておけば、Bさんへの預金の払い戻しでCさんが手続きに加わる必要がなく、遺言執行者によってスムーズに手続きを進めることができ、無用ないざこざを避けることができると思います。